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ダギーのこと

ふと気がついたらやっとやっと。1月が終わって2月になっとりました
生まれて初めての、長い長い12月と1月でした。

12月3日に友だちが亡くなりました

9才の春に父が亡くなってから、近しい人の死もけっこう身近にあって
人は死ぬもんじゃと知ってました
でもこのお別れは本当に辛かった。なんでこんなに悲しいんかってくらい悲しくて
どうにもこうにも前に進めんので、友だちのことを残しておこうと思います。



友人の松野尾君が危篤であるとの知らせをもらったのは12月1日、お昼のことでした。

あの子はがんらしいよっておぼろげに伝え聞いたのが去年の初夏の頃で
本人に聞いたわけでもないし否定したい気持ちとがあいまって
その真偽もわからんまま、来年は大きな同窓会をせんにゃいけんね、って話してた矢先のことでした。


あけて2日に病院に会いに行きました
苦しそうなベッドの上で、

仕事はどしたん?
こどもさん、受験じゃったっけ?って
私たちのことを気づかってくれて
よくしゃべり、
みかんも、大好物のかっぱ巻きもふた切れ食べました
優しいダギーのこと、心配かけまいと
食べてみせてくれたんかなぁって今は思っています


ちょっと疲れたけぇ、もう寝るね。
ってそれが最後にもらった言葉でした。
ばいばい、って手をふってわかれたあと
翌日の朝9時すぎに、本当にいってしまいました。
早生まれの彼はその日まだ48歳でした。





ダギーは小学校の同級生で、名前のとおり、アメリカ人のお父さんと
日本人のお母さんを持つハーフの子でした
今でこそなんでもないことかもしれないけれど
戦後十数年頃の、あの頃の広島でのハーフのこども
家庭的にも対外的にもかなりつらい、さみしい思いをしたそうです

でも、ダギーのことを世界中で一番愛して常にそばで見守ってくれたおばあちゃんと
ずっと2人で暮らしとって。

「不憫な孫を守る弱々しいやさしいおばあさま」じゃないよ。
とにかくこわくてかっこいいおばあちゃんでした
茶髪にウエーブのかかったボブ、目尻のツンとあがったサングラスをかけて
「奥さまは魔女」に出てくるサマンサのママ、エンドラさんのような風貌で
モデルさんのようなステキな女性で、でも強烈じゃったなぁ

毎日学校に小さいダギーを迎えにきて、
私は覚えてないけども友人Aの話によると、下駄箱のとこで
タバコをふかしながら待っとったらしい…


私たちはつい最近まで、おばあちゃんがアメリカ人なんじゃろーと誤解しとったほど
あか抜けたかっこいい厳しいおばあちゃんでした


嫁さんにはぜーっったい!ばーさんで苦労かけることになるから。
って結婚もしてなかったけれど5年ほど前におばあちゃんが亡くなって
一年ちょっと前に結婚したばかりの新婚さんじゃったんよね、ダギー




葬式もお墓もいらんよ
骨はこんがり灰になるまで焼いてもらってね
ばーさんの時もそうしたんよ。

残される奥さまにそんなふうに言ったそうです。
最後まで、僕は孤独じゃ。って話しとったそうです
ダギーだけを頼って栃木から来くれた嫁さんになにをゆうか



幸か不幸か、同級生にお寺の息子がおりました
小舅と小姑で急きょ、通夜、葬儀の場所だけ手配してもらい
ひととおりの儀式だけは執り行わさせてもらって
お別れしました

なんで同級生にお経読んでやりよるん 読んでもらいよるん
辛かったよダギー。ほんとに悲しかったよ。
でもアオがお経うまく読めるんかどきどきしてみたり
三日前から涙は止まらんし、なんかへんな感じじゃった


大学の同級生や東京や大阪からも来てくださった仕事やネットのおともだちが
せまい庫裡で思い出話をして
本当にあたたかく送り出してもらえました

だれにでも優しくて聡明で、バイクが大好きで
背も高くてかっこよかったダギーは
ほんまに風になってしもうたよ
おばあちゃんにもう来たんかー!って怒られよるかもしれんね
てかおばあちゃん、迎えにくるん早すぎじゃけ



また会おうね。


















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